子を持たないという意思
私はこの人生で
1度たりとも絶対に妊娠したくないと考えている
もちろん子どもを持つ人生は有り得ない
それだけを理解されるのが
どうしてそんなに難しいんだろうか
いつか子どもを欲しいと思う日が来るだとか
今どんなにそう思っていても、何となくいつか心変わりするものだと思われている
子どもを持ち育て、教育を受けさせ、
躾をして、お金をかけることの
重大さをみんな分かっているんだろうか?
とても私にはそんな体力も経済力もない
まして妊娠して出産するなんて命懸けのリスクを負わせないでほしい。
なぜ何となく子どもを持つことを考えられるのだろう
簡単にそんなことを考えられる能天気さに呆れる。
父の人格
母は、ずっと私に気を遣っていた
父はいわゆる昭和の人間だが
母が私を妊娠しているお腹を見て、
エイリアンがいるみたいで気持ち悪い
だとか
そんなことを言っていたとうっすら聞かされたことがある
母の作った料理を全てひっくり返したこともあった
手を出したことも
それを聞いた、当時子どもだった私は
それが普通の夫婦家族なんだなと思った
大人になって思い返すと胸が痛い
深く傷付く経験
トラウマに近いとも言える
この世の中には
深く傷付いた経験のある人と、
そうでない人がいるらしい
私は、全ての人が何らかの困難を乗り越えて、
大人になって行くものだと思っていた。
それ自体はあながち間違っていなかったけど
いわゆる困難の大きさは人によって全く違った。
典型的な例は、いじめとか家庭環境とか
そうでなくても、受験勉強で必死になったとか。
あとは、私の想像もつかない何か苦しいつら経験とか
そういう苦しい瞬間を、
誰しもが重ねているものだと思っていた
何となく今までふんわり、
大きく悩むことなく、傷つけられることもなく、
生きてこられた人も存在するらしい。
心の底から羨ましいと思った。
当然その人たちと自分は、
永遠に分かり合えない部分がたくさん存在するんだと思う。
分からないだろうし、無理に分かってもらおうとかも思わない。
生きてくことの辛さとか苦しさを、
理解できないことが、
何より羨ましいな
そういう風に生まれてみたかった。
文明の発達は人類を不幸にする
あくまで私個人の意見と推測でしかない。
人々はどの時代も、
「あの頃は良かった」と言う。
思い出補正なるものが掛かっていることは間違いないが
いつの時代も昔を懐かしんでは、
昔の方が良かったと言うのは不思議だ
時が進んで未来に向かうたび、
頭の良い人達と、資産と社会的な力を持った人たちが
新しい技術や仕組みを産んで、
世の中はより良く、便利に、快適になっているはずなのに。
文明の発展は一見、魅力的で、
人類を幸せに導くように見える。
けど本当はその逆で、
時代が進めば進むほど人間は不幸になっている気がしてならない。
たしかに豊かな時代になった。
食べるものに困らないし、雨風はしのげる。
遠くの人と、会うことなく連絡先が取れる。
人間が新しいシステムを作るたび、
そのシステムを管理する人、ふたたび作る人、保守する人、が必要になる。
つまり人間の仕事は増え続ける。
手紙でなくとも、メールとリモート会議でことが進むようになった。
その分、やるべき事や仕事はどんどん増えて、余裕は無くなっていく。
文明の進化は、人間の幸福や時間、健康を
犠牲に成り立っている。
1度この文明が滅びて、あらたな知的生命体となるところを見てみたい。
ちょうど1年
前回の更新からまる1年経つらしい。
しんどさが限界だったので、久しぶりに過去の自分の投稿を見返した。
なるほどなと思う
自分が書いているので当然か
夏は個人的に精神が不安定になる
冬季うつとは逆を生きてるらしい
また20年以上前の記憶が掘り起こされていた。
小学校低学年だった私は、
いつも家出したいと思っていた
両親のいる食卓に自分が行くと
2人とも黙ってしまうし
親から愛されていると思っていなかった
精神的に限界だった時、
部屋で1人、「家出したい」と呟いたら
母が聞いていて、「出てけば?」と
言われたことが、強烈な記憶として残っている
7,8歳の子供に家出を推奨する親がいるものか。
本当にこの家に自分は必要無いんだなと
邪魔なんだなと思った。
その前に、部屋に1人のはずだったのに
聞かれていたことに驚いたけど
本当に小さい声で呟いたはずで、
布団に口を当てて、声が広がらないように言ったはずだったのに
自分の中の小さい秘密を覗かれた気分だった。
小学生以来、精神的に体調が良かった日はほとんど無い。